私は、彩子ママ主催のフラダンスの発表会という催しに招かれた。
water flont のシティホテルの宴会室を3間ぶち抜いた会場に、
生徒の関係者三百人以上が招かれ、自由に好きな飲み物や食べ物を取りいくバッフェ形式のパーティだ。
最初に、ママが明るい色のフラ衣装で幕が上がる前のご挨拶に現れたかと思うと、
いつもの喋りはなしに、いきなり音楽が流れ始めスポットライトは舞台上の一人に当てられる。
ゆっくりとした抑揚のある音楽に合わせて、
ひざを折って腕を頭上に仰ぎ踊るママの姿が映し出される。
とても若々しく可愛らしい姿に、ママの歳を忘れる程だ。
彩子はホームビデオを片手に舞台のすぐ傍まで寄っている。
私も近く迄行って見ていたが、舞台近くの席には、見覚えの有るママの側近の職員達が陣取っている。
宴会場は広く、舞台に注目している客は少ない。
後ろの方になると、舞台で何をやっているかんなかはそっちのけで、
料理を取りに立ち歩く者、飲み物を手におしゃべりに花を咲かせている者が殆どだ。
やがて幕は上がり、次から次へと、団体演技が繰り広げられる。
私が座った席には彩子の他に、彩子のすぐ下の弟夫婦に、その友人、
それから、彼の側近が数名。
私は彩子と、彩子の姪ッ子の隣に座っていた。
卓也は、Jr.だから今はナンバー1。
入れ替わり立ち替わり、見知らぬ人が挨拶に来るのに、対応が忙しい。
卓也と私は初め数十年ぶりに挨拶を交わした時は互いに牽制し合っていた。
少々酒のせいでくだけた調子になった私は、相手の懐に直球を投げ込んでみることにした。
立派に園長職をついで、独立した幼稚園を立ち上げ、
奥さんと一緒に切り盛りしている卓也が私を見る目は、鋭く冷たかった。
十八年ぶりに自分たちの前に現れ、姉とママに急接近して来た私を明らかに警戒している様子が感じられた。
もう、立派に幾波乱も超えてここまでやって来た苦労が、彼をそうさせるのか、
人を見る時に、相手の腹を探るような鋭い目つきは経営者の性だろうか。
そんな第一印象は脇へ押やり、場の雰囲気に合う話を探した。
「昔、あなたが作った戦艦大和のプラモデルを、私が壊しちゃって、
『ごめ〜ん』の一言で立ち去られたってことを、あなたは未だに根に持ってるって
彩子から聞いたわよ」
いきなり、そんな風に昔の記憶を掘り起こされた卓也が突然大声で「そうだ、そうだよ、そんな事有ったね〜!」と笑い始めたので、隣に座っている卓也の奥さんらしき人は私をいぶかしげに見つめた。まるで、「私の知らない卓也の子ども時代のことをあなたは話しているのね」という疎外感を含んだ表情だ。
私は、こういう所が、同性のウケがよくない所以だ。
それでも、一気に打ち解け、距離が縮まった感じで、私はいつしか卓也の隣に座って彩子のことやら、ママの事、そして今の卓也の仕事の話などを種にして話し始めた。
そうして、私の席の前に座っていた卓也に一番近い部下の石田君にも、幾つか質問をした。
最近の彩子ママの仕事ぶりや、部下から見たママの経営者像などを探ったりした。
私には、若干29歳の石田君が、どうして卓也の側近で、副園長なんか務める事になったのかも知りたかった。
石田君は私達の話の輪には決して加わらなかった。
自分の中で線を引いているみたいに、立場をわきまえていた。
それでも、私は他にも聞きたい事は聞いてみた。
「理事長の事は好きなの?」
「結婚はしたいの?」「子どもは欲しいの?」
「つきあっている人は?」
なんだか、これじゃぁ近所の世話好きなおばちゃんが見合いを進める前に詰め寄ってする質問だ。
彩子は聞いてない振りをして耳をそばだてている。
「ちょっと、失礼な質問ばっかりしてない?」
そんなことをやっていると、あっちでは卓也の周辺では、私と彩子の妹、麻理との比較研究論を繰り広げているようだ。
彩子はいつも麻理と私が似ていると云って、二人を重ねて見る癖が有るので、卓也もそうなのかとうんざりしてきいてると、
「橙子ちゃんは、僕たちサイドに着いてた方が良いよ。ママサイドじゃなくてね。」なんて私に言ってる。
後を継いで行く立場といえども、今迄も今も尚、ママに引っ掻き回されてばかり居る卓也はそんなママに敵意を抱いているのだろう。
対立、批判、反発、憤り、色んな感情が、親子故にうずまいても不思議は無い。
「橙子ちゃんは、ママの前では平気で僕らにさっきまで云った事と正反対の事を言ってみせるんだからね、今こうやって僕らとママの悪口云っててもね、信用出来ないよ。」
「あら、私はママも好きなのよ。それは事実なんだもの。両方本心よ。」
なんて云ってると、彩子が「あの〜ちょっと、後ろに居るんだけど、後ろ後ろ」
と云うので振り返るとそこにはママが立っている。
「どう?楽しんでる?」
「あ〜、先生、フラ、可愛かったですよ〜。そうそう、今ね、この人たち先生の悪口云ってましたよ〜。」
って私がわざと皆の方を大げさに指差して云ったので、一同大爆笑となり、
「ほらね、今俺が云った通りでしょ〜!!信じられない。橙子ちゃんってそういう人なんだよ!ねっ!姉ちゃん、信用しない方が良いよ〜この人は。平気で裏切るんだから」
彩子も弟に合わせて、私を一人遠ざけて笑っている。